待合室
管制局に着いたジョウの心は浮き立っていた。
「あの野郎。捕まえて、アラミスの評議会に引きずりだしてやる!」
バードから貰った情報は、ジョウ達にとって、これ以上にない朗報だった。
バレンスチノス。いや、ヨーゼフ・ドッジ。俺達をまんまと嵌めやがって。
ジョウはクラッシャーになって、9年。今回の事件ほどの屈辱を味わったのは初めてだった。
人命を救助しようとしたのに詐欺にあった。
その上、連合軍に連行され、親父に見せしめのように半人前扱いをされたのでは、荒れ狂うなという方がどだい無理というものだった。
ジョウの心の中で吹き荒れていた嵐は、今やっと落ち着きを取り戻し始めていた。
「じゃあ、アルフィン。このカードを出してくるから。少し待っていてくれ。」
ジョウは笑って、アルフィンに手を振った。
「うん。」
にっこり、笑顔を返してアルフィンも待合室に向かった。
ホテルでバードと別れて、そのままジョウとアルフィンは管制局へ出国許可を取りに、リッキーとタロスはいつでも飛び立てるようにミネルバの整備にむかった。
夜はまだ明けない時間だったが、このバーストラナ大陸の宇宙港は一日中眠る事はなかった。管制局の中は人影もまばらに見えている。
アルフィンにまず、コンピューターでミネルバからデーターを呼び出してもらい、出国に必要なカードを作る。
後は代表者がカードを提出しサインと手数料のクレジットの払いを済ませると出国は完了となる。
受付のアンドロイドにカードを手渡すと、すぐさま応答があった。
「ただいま、手続きに30分ほどかかります。手続きが完了しましたら番号を呼びますので待合室でお待ちください。」
「30分〜?」
ジョウは軽く顔をしかめた。人で混み合ってない夜中だったので早く処理が終るだろうと考えていた。しかし、ここは歓楽地とはいえ連合宇宙軍の管理下の土地だ。おいそれと審査が通るものではない。
ここで、ジョウはもう少し考えるべきだった。無実とはいえ本来なら釈放された人間に、すぐ審査が通る方がおかしいはず・・・。
このときのジョウは意気揚々ではあるが少しアルコールも残っており、また少しでも早くラゴールに着きたいという一心だったので、疑いも持たなかったのだ。
とにもかくにも、少し時間が開いてしまった。今の自分には一分一秒が惜しくてたまらない。
アルフィンを先にミネルバに帰らせ、出立時間の短縮を図ろうと考えたジョウは足早に彼女の待つ待合室に向かっていった。
待合室のドアを開けると
アルフィンが二人の男女に囲まれていた。
「ジョウ!」
慌てたようにアルフィンが立ち上がり、ジョウの元へ駆け寄った。
「アルフィン?何かあったのか?」
「いえ、あの、そのね・・・。」
アルフィンは少し顔を赤らめながら、困った顔でジョウを見た。
「あんたがその娘のコレかい?」
親指をたてながら、ジョウに女の方が話しかけてきた。
歳は30代から40代。りっぱな体格をしており髪は燃えるような赤い色をした女だった。腕には刺青もあり、男顔負けの屈強な体つきだ。男の方も太り気味だが、顔には傷があり筋肉質な腕をしている、宇宙焼けした浅黒い顔をしたいかつい男だった。
見るからに、典型的な宇宙生活者。おそらく、貨物や輸送関係の仕事をしていると思われる二人だった。
「い、いや、そんなんじゃない・・・。仕事の仲間だ。」
「そんなんじゃないの・・・?」
ちょっと怒ったようにアルフィンは呟いた。
とっさにジョウは、返事が口をついて出たのだが、妙なところでアルフィンの感に触った。
「あんたねえ。あんたがこの娘さんをこんなにしたんじゃねえだろうな!」
「はあ?」
二人が自分を睨みながら話しかけるのをジョウは不思議に思っていたのだが、この一言で改めてアルフィンを見た。
急ぐあまり、二人ともミネルバでクラッシュジャケットに着替えず、ディスコで暴れたままの格好でいたのだ。
顔は二人とも傷が残ったまま。服はずだぼろだった。
「いや、違う・・・ちょっとケンカに巻き込まれて・・・。」
「そう、そうなのよ!彼に絡む輩がいてね、ほら、彼だって怪我してるでしょ?」
上から下から見定めるように女はジョウを見た。
「そうなのかい?あたしゃ、てっきりこのお嬢ちゃんが男に暴力振るわれて夜逃げしてきたのかと思ったよ。」
「お嬢ちゃん、本当だろうね。この男が怖いから嘘ついてるんじゃねえよな。」
男と女が念を押すようにずんっとジョウとアルフィンに迫ってくる。
ジョウの背後にまわり、フルフルと頭を振ってアルフィンは否定した。
「嘘なんかじゃないです。本当に。あの・・・。ご心配ありがとうございました。さ、ジョウ。あたし喉渇いちゃった。ちょっとジュースでも買いにいかない?」
ジョウの腕をとり、さあ行こうと促した。
「ああ、アルフィン。そ、そうだな。」
頭を軽く下げ、そそくさと二人は待合室から出て行った。
廊下をすたすたと二人で歩いて、後ろを気にすると
男女はまだ疑わしげに、扉から顔だけ覗かせていた。
二人で振り返ってにっこり笑いかけ、さらに足早にそこを立ち去った。
廊下の角を曲がりきったところで、アルフィンが両手を胸の前で抱えて立ち止まった。そして、堪らず噴き出して笑い始めた。
「あのね、あの二人。どうもあたしが家出してきたのかと勘違いしていたの!歳はいくつだとか。誰にやられたのかと。こっちが説明する隙もないぐらい、質問してくるの!親身になって言ってくるから、あたしも、正直にディスコを一軒潰してきましたとも言えないし。」
「そりゃ、そうだ。」
ジョウも思わず噴き出した。
ひとしきり、笑ってお互い顔を見合わせた。
「確かに、すごい顔になってるな。」
「え?本当に?やだ。」
アルフィンは持っていたポーチをまさぐり、手鏡を取り出し顔を見た。
「う〜。朝まで取れるかしら。」
ジョウは改めて、アルフィンをみた。確かに顔にも絆創膏。
目の下には青痣。服も数箇所切れている。この歳の女の子にはそぐわないケンカの後だ。そして・・。
「アルフィン、その手の痣は?」
アルフィンの手首にくっきりと人の指型が付いていた。
「ああ、ちょっと押さえ込まれちゃって・・・。」
「押さえ込まれたぁ?」
「ああん、でも大丈夫。なぜかリッキーがね上から降ってきて、そいつの頭の上に落っこちたのよ。おかげで、腕だけで済んだわ。」
「・・・・・。」
ジョウは無言で、歩き始めた。アルフィンは慌てて、ジョウについていく。
「どうしたの?ジョウ?」
「何か飲もう。」
ペットボトルのジュースをショップで買うと、廊下にあるベンチにアルフィンを座らせた。
「申請に時間がかかるの?」
「30分ほど、かかるそうだ。」
「ミネルバに一旦戻ってこようか・・・。」
「いや、少し、休憩しよう。」
ジョウはそういって、冷たいジュースをアルフィンに渡した。
「つめたーい。」
ジュースの冷たさが心地よかった。アルフィンは思わず頬にペットボトルを当てる。
先ほどまで、ジョウはアルフィンを先に帰らせるつもりだった。
しかし、この格好で空港内とはいえこの時間に彼女を一人にするのは、かえって心配になった。
「すまん・・・。アルフィンを・・・皆を巻き込んだ・・・。」
かっと頭に血が上っていたとはいえ、ケンカを招いたのは自分だった。
むしゃくしゃした気持ちは晴れたが、アルフィンを危険な目にあわせていたのだ。クラッシュジャケットを着ている状態ならいざ知らず、セパレーツのやや露出した服を纏った体で無数の痣をこしらえてる姿をみれば、先ほどの二人のように心配するのが当たり前というものだ。
「ううん、あたしはいつだってジョウの味方だもん。加勢をするのは当然よ。」
にっこり笑って、アルフィンは返事をした。
ジョウは足を組んでアルフィンの隣に座った。
「正直言うとね、あたしは評議会なんか知らない。クラッシャーの掟もよくわかってないわ。でもジョウがあたしに教えてくれたクラッシャーを信じてやっているだけよ。今回の事だって悪い事したなんてぜーんぜん思ってないわ。」
けろっと明るい声でそういうと、ペットボトルのジュースを空け、一口飲む。
酔い覚めにちょうどいいさっぱりした味覚が口のなかに広がった。
「ジョウも飲む?」
「ああ、もらおうか・・・。」
ジョウは一気にジュース飲みほし、ダストボックスに投げ入れる。
ペットボトルはダストボックスに吸い込まれるように入っていった。
「ナイスシュート!!」
アルフィンは手を叩いてはしゃいだ。
ジョウはアルフィンの笑顔を見ながら、彼女の言葉を噛みしめていた。
自分を信じてくれる仲間。この仕事をやっていくのにチームワークがどれだけ大事か・・・。
いつも全身全霊でそれにこたえようとしてくるアルフィン。
アルフィンの言葉が嬉しかった。
この娘がそばにいてくれるだけで、どれだけ力が湧いてくるのか。
アルコールが抜けきっていないせいか、ジョウは自分の行動にためらいがなかった。
「痛むか?」
少しかすれた声で。
「え?」
アルフィンの腕をとり、さすった。
少しでも、痣が早く消え去るように。
そしてそのまま、そおっと右手がアルフィンの顔に触れる。
親指が左目の少し下。青く痣になった場所に触れ、手の甲で顔をなぞりながら、口元の傷にも触れた。
ジョウの手が触れた瞬間、アルフィンはびくっと震え固まった。
ジュースで冷やしていた部分にジョウの触れた手が熱い。
まるで火が触れたような反応だった。
しかし、そのままジョウの手に頬をあてる。
アルフィンは頬が熱を帯びるのを感じ、呼吸をすることを忘れそうだった。
アンバーの瞳とアルフィンの蒼い瞳が空中でからんだ。
その瞬間。ジョウの胸ポケットから無粋な電子音が響き渡った。
はっとしたように触れていた手が離れた。
アルフィンは思わず深呼吸をした。全身の筋肉が緩んだ。
ジョウも咳払いをして、慌てて胸ポケットのカードを引き出す。
アルフィンに見られないように下を向くが顔は真っ赤だった。
「クラッシャージョウ様、手続き完了いたしました。」
受付カードについた小さなスピーカーから、金属音が聞こえた。
出国準備は整った。
ジョウにとってクラッシャーの誇りを取り戻す旅だ。
「行くか?」
先ほどのことがあって照れくさかったが、振り返りアルフィンを見つめてジョウはたずねた。
俺についてきてくれるか?
危険が付きまとう旅になるかもしれない。
また、危ない目にあわせるかもしれない。
それを彼女に問うように。
「ええ、さっさと捕まえて、とっちめてやりましょ。」
アルフィンも、先ほどの緊張が解けたのか、わざとおどけて答えた。
そして、とっておきのウインクをジョウに返す。
私は、どこへだってあなたについて行く。
気が付くと、窓からみる空は闇からうっすらと色を取り戻し始めていた。
それに気づいたジョウは立ち上がり、アルフィンに手を差し伸べた。
「じゃあ、急ぎ足でラゴールへ行くぞ。」
「うん。」
ジョウの手をとり、アルフィンは優雅に立ち上がった。
まだ、夜は明けていない。けれど、彼らの旅は始まったのだ。
胸躍る、宇宙へと二人は連れ立って駆け出していった。
(fin)