DONGO's Report
<ミネルバ>のリビングで、ドンゴが文書を作成していた。
不思議に思ったアルフィンがうしろから覗いて、叫んだ。
「ちょっと、何書いてんの!」
「ア、あるふぃん。ゴ心配ナク。悪イヨウニハシマセンカラ」
「ま、ま、待ってなさいっ。やだもぉ!ジョウ!ジョウっ!」
慌てて、ジョウを呼びに行く。
しばらくして、アルフィンは強引にジョウを連れてリビングへ戻って来た。
「何なんだ、一体」
訳も分からず連れてこられ、状況が飲み込めない。
「これよ、これ!ドンゴがぁ」
アルフィンが作成中のファイルを見せようとするが、ドンゴが隠した。
「駄目デス。コノ報告書ハじょうニハ見セラレマセン」
「どうして?」
チームリーダーに見せられないとは。
それだけでも充分、挙動不審ではある。
「じょうハ加害者ダカラデス」
「はぁ?俺が何したってんだ?」
「めんばーノ虐待デス」
「誰を虐待した?」
「あるふぃん」
「バカ言わないでよ!そんな事実ありません!」
すかさず、アルフィンが抗議する。
「隠サナクテモ、分カッテイマス。大丈夫。あるふぃんニハ証拠ガアリマス」
「どんな証拠だ?」
「体ニ、内出血ノ痣ガ認メラレマス」
アルフィンの顔がかぁっと赤くなる。だが、ジョウには何のことだか分からない。
「そうなのか?アルフィン?」
「んもう、ジョウがつけたんでしょ!忘れたの?」
「ホラ、事実デショウ?キャハ」
「違うわよ!あれは・・・!」
困惑顔のジョウの耳を引っ張り、小声で「キスマークのことよ」と告げた。
アルフィンはすでに耳まで真っ赤になっている。
つられてジョウの顔も赤くなった。
「なっ何でそれが虐待になるんだよ!」
「それより、どうしてそれをドンゴが知ってるのよ!」
同時に2人から質問され、咄嗟にドンゴは答えられない。
「2人トモ、落チ着イテ」
「あたしの質問に答えなさい!どうして知ってるの?」
アルフィンが殺気立ってくる。
「ばするーむカラ聞コエマシタ。アチコチ痣ニナッテルッテ」
「覗いたの?」
「ソコマデハ、シテマセン」
「で、俺が加害者か」
「痣ガツクホド痛メツケルナンテ、立派ナ虐待デス。キャハ」
「それだけで決めつけるのは早計じゃないか?アルフィンも違うと言っている」
「あるふぃんノ証言モアリマス」
「あたしが何言ったのよ?」
「じょうト2人ノ時ニ「モウダメ、許シテ」トカ「死ニソウ」ナド言ッテマシタ」
「ど・こ・で・そ・ん・な・こ・と・聞・い・た・の・よっ!」
凄まじい怒気でドンゴに詰め寄るアルフィン。
ジョウは赤い顔を隠すように手で顔面を覆い、あらぬ方を向いている。
「企業秘密デス、キャハ、ハ」
後ずさりつつ頭部のLEDを点滅させ、答える。
それでもアルフィンの命令には従えないと言う。
どのように情報を優先付けたのか、頑固なロボットだ。
「ジョウ!何とかしてぇ!」
アルフィンが音を上げた。
さすがにジョウもこんなことを広められてはたまらない。
仕方なく、ドンゴの説得に入った。
チームリーダーの命令は絶対だ。これにはドンゴも逆らえない。
「情報の収集場所を明らかにしろ」
「前回ノ休暇ノほてるデス。ワタシモ同行シマシタノデ」
休暇の初日、ジョウだけは仕事をしていた。終わった仕事の報告書の作成だ。
その時はドンゴの持つ情報が必要でホテルまで連れて来ていた。
ドンゴがホテルにいたのはその日だけ。
翌日からは<ミネルバ>で待機させた。
書類の作成には丸一日かかったが、無事仕事を終えたジョウは退屈していたアルフィンを呼び出し、遅い夕食に誘った。
外へ出かける気力は無かったので、ホテル内のレストランで簡単に済ませた。
部屋に戻り、ジョウはアルフィンを抱いた。飽くまで抱いて、眠りに堕ちた。
タロスとリッキーは遊びに出かけており翌日まで戻らなかったが、ドンゴはホテルの寝室に隣り合ったリビングにいた。
防音されているとはいえ、寝室からアルフィンの嬌声が漏れたのだろう。
仕事明けで気が緩んでいたのか。うかつだった。
ジョウはチラとアルフィンを見た。
その夜の出来事を思い出したのか、真っ赤になった頬を押さえている。
「この告発はアルフィンのプライバシーに係わる。そのアルフィンが、報告書に待ったをかけている。俺に脅されてではなく、自発的にだ。それに、アルフィンは保護者を必要としない年齢だ。被害者であるアルフィン本人の了承無しに、その報告書は出せない。そうだな?」
「キャハハ、一理アリマス」
「そこでだ。アルフィンの希望により、その報告書を処分したい。チームリーダー権限で、前回の休暇中ホテルで収集した分と、その報告書に関する全ての情報の消去を命じる」
何でこんな命令を出さなくてはならないのか。
情けない気分になりながらもドンゴの対応を待つ。
「了解。…でーたノ消去ガ完了シマシタ」
「バックアップなんて無いでしょうね?」
疑わしそうにアルフィンが覗き込む。
「ワタシノこれくしょんハ、見逃シテ下サイ」
油断がならない。ジョウは頭を抱えた。
「何よ!そのコレクションってぇ!」
完全に逆上している。
こんなアルフィンに逆らうことは出来ない。
「キャハ!シマッタ」
「出しなさい」
「イ、イヤデス…」
無駄な抵抗を…。とジョウは思ったが口には出さなかった。
「出しなさい」
更に声のトーンが低くなる。殺気すら感じる。
「言う通りにしたほうがいい。このままじゃ全滅するぜ、コレクション」
ドンゴの背後でこそっと、アルフィンには聞こえないように囁く。
「ウニュ〜。ワ、分カリマシタ」
ドンゴが造られた当時、ドルロイでは「アクメロイド」という非合法のアンドロイドが造られていた。
情事と暗殺が目的のセクサロイド。
ドンゴがこの手の情報に興味があるのはプログラムが同時期に開発され、一部データの共有をしていたか、開発者が同じなのではないかとジョウはタロスと話したことがある。
あくまで推測の域を出ないが…。
その後何度もソフトウェアのバージョンアップはしているが、基礎的な思考ルーチンや性格設定はそのままなのだろう。見かけのデザインは、今では少し時代を感じるが、ソフト的にはかなり高度な要求に対応出来る優秀さを持つ。でないとクラッシャーという仕事では使えない。その優秀さを自己主張するのがドンゴの胡散臭い点ではあるのだが。
「…コレデス…」
どこへ隠していたのか、渋々とディスクをアルフィンに差し出した。
「再生シマスカ?」
「し、しないわよっ!お寄こし!」
真っ赤になりながらひったくり、シュレッダーで粉砕した。
「ハワワワワワ…」
ディスクの末路を嘆いている。ロボットの癖に何てヤツだ。
そう思いつつもジョウは沈黙して事の成り行きを見守った。
「今度こんなことしたら、タダじゃおかないからっ!」
憤然とし、アルフィンはリビングから出て行った。
「……」
その姿をジョウとドンゴは静かに見送った。
アルフィンが去って暫くして、ジョウが呟いた。
「…なぁドンゴ」
「キャハ?」
「持ってるだろ、まだ」
「キ、キャハハ…。ソ、ソンナコト…」
「さっきのディスクはダミーだな?」
頭部のLEDがせわしなく点滅する。
「分かってるぜ、それくらい」
「ハウ〜」
「アルフィンには内緒にしてやるから、俺たちの情報だけは処分しろ」
「…仕方ナイデスネ」
諦めたような口調のドンゴ。
「それから、その夜のことも情報漏洩は厳禁だ。いいな?」
念には念を入れておいた。
「了解。キャハ」
どうやら納得したようだ。
まあ、有無を言わさずいきなり粉砕するアルフィンよりはマシと判断したのだろう。
「まったく。報告書も分かっててやってるだろ?誰に見せるつもりだった?」
「あらみすヘ提出スルノデ、議長宛デス」
「ばっ馬鹿か!何てこと考えるんだ」
「じょうノぷらいべーとヲだんモ知リタイカト」
「お前が言うな!」
「デモ」
「アルフィン呼ぶぞ」
「モウ、シマセン〜!」
アルフィンによるディスク粉砕は余程ショックだったようだ。
ダミーとはいえ、何らかのデータは入っていたのだろう。
溜息が出た。
ドンゴには要注意だ。
いずれは周りにもバレてしまう事だろうが、こんな形では知られたくない。
まあいいさ。いざとなれば、アルフィンに御登場願おう。
仕事ではジョウがチームリーダー。
文句は言わせないが、生活面ではアルフィンが<ミネルバ>の最高権力者。
先程の件でドンゴも充分理解した筈だ。誰も彼女には逆らえないと。
アルフィンは切り札だ。
もしかするとプリンセスというよりは。
‘クイーン’なのかも知れない。
「とんでもないお姫様だよな」
そう言いつつも、ジョウの口元は緩んでいた。
-fin-