【1】
倒れちゃいけない。
あたしの、何も考えられない空白の頭。だけど、ちょうど額の真ん中あたりで、
その言葉だけがぱっと閃いた。
倒されたらどこまでも流される。もう抗えない。
だからあたしは、ふらつく足元にふんばりを利かせた。すると、ふかっと埋まる感覚が踵に走る。
素足だから、それが何か判別できた。
この間、部屋の模様替えで入れ替えた、毛足の長いラグだ。
嘘、もうこんなに後退ってた?
塗りたてのペディキュア。ちゃんと乾いてない10本のつま先にきゅっと力を込める。
そこしか、しがみつくとっかかりがなかった。
ここで堪えきらないと後がない。だってラグの感触が続く先には、あたしのベッドが構えている。
船室のドアがスライドして、クラッシュジャケットの出で立ちが
軽々とあたしを押し戻した。任務の合間、わずか36時間だけの休暇中。
カットソーとホットパンツでリラックスする以外、何もできない休暇中。
ドアがノックされ、ふっと顔を出したところで、家族同然のクルーしかいなくて当然。
緊張感ゼロなのが普通。だからあたしは迂闊じゃない。
タロスたちが万一知っても、信じてくれないだろう。リッキーあたりは
「アルフィン、そいつは夢だよ。願望とか欲求不満とかさ」
と、かちんと来ることを言われるだけ。
それくらい、信じられない事態に遭っている。
頭のてっぺんからつま先まで、麻痺したみたいに自由が利かない。
かろうじて女の反射神経で、待って、どうしたの?とは発せた。
けど全部呑み込まれた。
ーーージョウに。
逆に彼の荒々しい吐息や、力強い舌触りを押し込まれて苦しい。あたしは唸るばかりで、ちっともロマンチックじゃない。初めて受け入れる、大人の深い口づけだっていうのに。
喉の奥まで詰まるような、むせるような。彼の攻め方は情熱的で、まとわりついて驚かされる。
こんな甘ったるい口づけの仕方を、ジョウが知ってたなんて。あたしの知らない彼がここにいるみたいだった。
誰かから口移しで教わった?そう意地悪く突いてみたい。必要なことしか喋らない
ジョウの唇とは思えないほど、巧みに感じる。
ディープは初めてだから、上手下手は正直よく分からない。ただ彼に、この人に、
こんな器用な動きがあることは驚きだった。
けどこれが、あたしとジョウとのファーストキス、という訳じゃない。
銀河標準時間で2ヶ月ほど前、
なんの予兆も前触れもなく、あたしたちは経験した。