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「特Aのトリプル、ダブルやシングルてのは目安だ。勲章の数じゃねえ」
現場にいれば自然に学ぶとタロスは思ってきた。が、こういう事態に直面すると、養成学校でお行儀良く、机上で身につける知識も馬鹿にできない。
タロスは、ランク付けの仕組みをざっくり二人に説明する。
チームリーダーを筆頭に技量とキャリアを公平に診断し、完遂した仕事の分析によってランクが与えられる…そんなうんざりする基礎からである。
「俺たちが特A評価なのは、緊急度の高い仕事や難事件、さらに想定外への対応力の高さが認められている。だから時たま割の合わねえ仕事や、滅茶苦茶やり過ぎてよ、保険じゃまかなえねえって赤字に転じる仕事だってある。が、稼ぎに関しちゃ他で帳尻合わせて、黒にすりゃあ問題ない。アラミスも小せえことは目をつぶって、総合評価するって寸法だ」
さらにランク付けは、クライアントがチームを依頼する際の目安になる。特Aクラスは万能だが、契約金・報酬金はべらぼうに高い。
例えば、積み荷を一万光年先に運ぶとする。
ルートが商業航路や、連合宇宙軍のパトロール宙域なら危険度は低い。稀少な品だとしても、特Aクラスほどの警戒態勢は要らない。
輸送コストに対し、100倍の保険をかけたいのなら別だが、普通そんな無駄はしない。クラッシャーは金を積めばほぼ受ける輩であるからして、事前にコスパ計算をシビアに行いたいのはクライアント側。
クラッシャーからすれば、高額な契約を交わし、実際の仕事がチョロければ万々歳だ。クライアントの懐事情など知ったこっちゃない。
「ねえ、汎用性に優れているのが特Aだとすると、ダブルやシングルは、スペシャリストっていう見方もできるのね?」
「ああ。読みがいい」
女性の特性か、アルフィンは話の先読みや拾い方がうまい。
手間が省けてタロスはにやりと笑った。
「ハスラムのチームは、銀河遺産にはじまり、貴重な骨董や美術品、天文学的な値のついたコレクションなど、お宝を運ぶ腕はピカイチだ」
「そいじゃ運び屋と変わんないじゃん?」
リッキーの発言に、タロスの右頬がぴくりと跳ねた。それに気づいたアルフィンはすかさず
「物ばかりじゃないでしょ? 絵画や陶芸に携わる人間国宝もそう。演劇や音楽といった無形文化財の継承者もお宝とすれば、VIP護衛の仕事が発生するわ」
ね? とタロスに目配せる。厳つい相好がふっと緩んだ。
満点の回答で、口を挟む余地なしと深く頷く。
「雑な例えだが、銀河系で唯一のお宝を運ぶんなら、特A昇格ほやほやのダーナより、ハスラムに依頼する方が色々と無駄がねえってな」
「宇宙海賊に狙われる確率にもよるでしょうけど」
「ああ、そうだな」
「A評価シングルのチームが、スペシャリストか、経験の浅さか。その見極めはチームリーダーの知名度…てとこかしら?」
何も言うことはない。タロスは親指だけ立てて返した。そしてこの短いやり取りを経て、タロスは大いに納得したものがあった。
「こりゃトレードの意味合いが違うかもしんねえぞ」
「──え?」
アルフィンの碧眼がまた瞬きを忘れた。
「キースとかいう航宙士の経験値を上げるトレードじゃない。ハスラムのチームが、アルフィンのスキルを欲してるのかもな」
「あたし、の?」
「元王女だ。文化だ芸術だなんて教養はよ、クラッシャーは付け焼き刃。毛の生えた程度だ」
アルフィンの柳眉がぴくんと動く。本人も、ありうる、と感じたせいだ。
「若いお前さんたちに、あえて言う」
ここから先の話は、トレードの件とは切り離せ、ベテランとしてのいち意見だとタロスは前置きする。そしてすっかり冷たくなったコーヒーを、がぶりと流し込んでから考えを言葉に変換した。
「将来を見据えりゃ、俺は、他の船のメシも食うべきだと思う」
「それってさあ…」
「リッキー、おめえも例外じゃねえ。〈ミネルバ〉だけでこじんまりと終わりにすんな」
齧歯類に似た前歯を収めて、ぐびりと喉を鳴らした。
一方アルフィンは、ふっくらした唇を固い蕾のようにきゅっと結んだ。
「俺はよ〈ミネルバ〉が好きだ。船もクルーも勿論含めてだ。ジョウが10歳から築き上げてきた全てが気に入っている。おやっさんの〈アトラス〉といい勝負だ。だが生涯、ここにいるかは分からねえ」
えっ! アルフィンとリッキーはほぼ同時に互いの顔を見合った。
「俺は補佐役だ。ジョウが一人前になった暁にはお役ご免だ」
潔い響きだ。未練も哀愁も、混じりっけは一切無い。
しかし若い二人は例えようのない不安を味わう。苦くて、顔が歪みそうだ。〈ミネルバ〉においてタロスは盤石な安心感を司るだけに。
そしてジョウの能力を考えると、この安心部分がごっそり抜ける将来は…そう遠くはない。
タロス不在の〈ミネルバ〉はまったく想像できないが、それに代わるほどジョウが逞しく成長する図は楽に思い描ける。
矛盾する事実だ。
「そんでもってよ、その日を迎えたら俺は、船を持ちたい」
「ふ、船?」
どんぐり眼がくりくり動く。
「チームを立ち上げたいと思う」
船体に、流星マークとTのイニシャルを堂々と背負ったクラッシャータロスのチーム。
トップクラスの凄腕を何十年もキープし続け、踏んだ場数の多さ、くぐり抜けてきた様々な窮地を考慮すれば、経験豊富なこの男がリーダーでないのは、稼業において多大なる損失だ。
稼業の七不思議と称する者がいれば、その晴れ姿を拝むまで死ねないと切望する者もいる。決して顔にも言葉にも出さなかったが、タロスに補佐役を託しながらダンは、同時に後悔していたかもしれない。
そんな憶測は容易い。
「大ベテランすら先の夢を描いてんだ。駆け出しの若けえのがよ、たまたま降り立った地に早々と根を張って、身動きとれなくてどうする?」
「う…」
リッキーは歯を食いしばって聞くのだった。
浮浪者でかっぱらいの生活から脱したことは、少年の人生において激変と言えた。危険と背中合わせのクラッシャー稼業だが、無事仕事を終えれば温かな食事にありつけ、気が済むまでシャワーを浴び、心地よいベッドに飛び込む幸せが待っている。
ククルにいた頃、それは夢の暮らしだった。今現在、夢は日常となる。
絶対に叶わないと思っていた時間を手に入れて、リッキーが幼少から燻らせてきた欲求はほぼ満たされた。
だがタロスの言葉でリッキーは、横っ面を張っ倒された気がする。
夢を、もう一度。
手に届こうが届くまいが、胸にひしと抱きしめ、懸命に生きていく熱い原動力を…しばらく忘れていた。
「俺ですらそう思うんだ。リッキー、てめえも玉ぶら下げてんならよ、Rの頭文字を背負って飛んだらどうだ?」
「…う、うん」
脅迫や圧倒されたのではない。
男としての刺激をびんびん受けていた。