(4)
そんな二人のやりとりを、アルフィンは無言で見届ける。
ピザンに両親を残す身。だから〈ミネルバ〉は新しく築き上げた家族だ。よってタロスの言葉に、リッキーとは違う感情を過ぎらせる。
即丸め込まれず、NOと撥ねつける感情が勝る。否定という訳ではない。ベテランの、人生の大先輩の言わんとすることは理解できている。
ただ、アルフィンにはアルフィンのポリシーがある。それがタロスの考えと噛み合わない。つまびらかにする義務はないのだが、黙っているのも水臭い。
家族同然に生活しているのだから。
気持ちがすとんとそこに落ちて、アルフィンは結んでいた唇をほどくことにした。
「タロス、ごめんなさい」
むう? と鋭い双眸が向く。
「折角の教えに背くわ。あたしはこの先もずっと、ジョウについていく」
「──ほお」
「ジョウについていきたいの」
宝玉のような輝きが碧眼から放たれた。
反抗ではない。意志をまっすぐぶつけているだけ。
愛らしい面立ちに多くの男は庇護欲をそそられるが、実際のアルフィンはそれほど脆くない。むしろ国民を相手にしてきた強さがある。
だからタロスは、がっぷり組む意気込みで正面に構えた。
「密航した時に言ったな。お姫様の遊びじゃない。進むべき道を悟った、と」
「覚えてるわ」
「だったら男なんか蹴散らして、トップ獲ろうと思わねえのか?」
「目指すわ」
「それだと、ついていく姿勢はおかしい」
「目指すの。ジョウと共に」
「…なにい?」
「現状に満足する人じゃないでしょ彼。一緒にいればイコール、上を目指せる」
「甘い」
「どうして?」
「二人で…その発想が甘い。てめえの力だけで登りつめる、そのストイックさは自立に欠かせねえ。一緒にとか…なんだ、その、惚れた腫れたを匂わせるあたり、俺にはふやけて見える」
言い終わるやいなや、碧眼がきっと向いた。
タロスとアルフィンの視界から完全に外れたところで、ひえええ、とリッキーが戦いた。
「二人三脚じゃ、いけない?」
「いいか、危険と背中合わせの仕事だ。ヤバい場面に遭遇する確率は高けえし、万一生死の境に嵌まっても、まず自力で生き抜くのが鉄則だ」
「分かってる」
「単独で強くなけりゃ駄目だ」
「もちろん」
「だとしたら矛盾してる。ジョウと共に…なんて考えは」
「矛盾なんかしてない」
「ああ?」
「ジョウにおんぶや抱っこなんて願い下げ。自立した者同士が、一対一で、同じ目標に向かっていく。あたしはそのつもり。分かる?」
「……」
「それにね、あたしは今も内心、必死よ」
膝の上で両手を組み、ほう、と肩で大きく息をひとつついた。
「すっかり慣れて、優雅に暮らしてる風に見えた?」
「ん…ああ、まあな」
「だいぶ順応したけど、仕事の度に課題が見えるの。未熟さを突きつけられて、こっそり落ち込んでたりするの」
口元だけで小さく笑う。
それを目撃し、タロスの分厚い胸はちくんと痛んだ。
「これが孤軍奮闘だったら折れてるかもね。けど踏ん張れるの、あたし。ジョウに幻滅されたくない。口先だけの人間になりたくない」
「……」
「タロス、あたしね、人との関わりこそ自分を強くすると信じてる。ピザンでのクーデターだってそう…おとうさまやおかあさま、愛する国民たちを救いたい、あんなに熱い勇気が身体から湧いたのは初めてよ」
「…そう、だったな」
クラッシャーからすれば、恵まれた王室生活は温室育ちと等しく、甘っちょろい人間のイメージが強かった。
しかしアルフィンは違う。
たった一人で、野望を打ち砕く勝機を掻き寄せた。一見儚げな少女が、クラッシャーを引き連れて母星へと舞い戻るとは…ピザンの誰もが想像すらしない展開だった。
タロスは天井をふうっと見上げた。
肉親と呼べる存在と縁薄い自分。たぶん永遠に知ることのない感覚を、アルフィンはあの細い身体いっぱいに内包している。
愛すること、愛されることを、力に変換する。それは大ベテランに欠けている、ウィークポイントでもあった。
再び視線をゆっくりとアルフィンに戻す。
「意味は分かる。だが俺にゃ実感として分からん」
「うん、そうだと思うわ。あたしだって、タロスみたいに単身で立っていられる感覚が分からない。誰も守らず、誰からも支えられず、命の崖っぷちにいたことないから」
小首を傾げた。金髪がさらさらと音を立てて揺れる。
「腹を決めてんならもう、騒ぎ立てるまでもない。…ただ俺としちゃ勿体ねえと思う。その若さで足場固めちまうのわな」
「そうかしら」
「色んなチームを渡って、視野も器も広げればこそ、頂点に立つ資格が備わるってもんだ。〈ミネルバ〉しか知らねえってのは、どうもな」
「否定はしないわ。だけど…」
む? とタロスは目玉だけをきろりと向けた。
「色んなチームで修業したとするわ。何年も、何十年もかけて。そしていよいよ最高峰に到達したあたしは…どこに落ち着くと思う?」
ぴんときた。
そういうことか、と、タロスは太い腕を組んで唸る。
「〈ミネルバ〉よ。ジョウがいる、此処なの」
ソプラノが凛と響いた。
やや負けん気の強さが滲む声質で、タロスには一本獲られた感が全身に奔った。
そこに、ぴゅう、と口笛が割り込む。絶妙なタイミング。リッキーの合いの手だ。
こいつら…と言いたげな目つきで、タロスは二人を見渡す。
対面のアルフィンは、にっこり微笑んだ。
「あたしは最初からゴールに降り立った。幸運でもあるし、シビアでもあるわ。だってそこからもう、逃げも遅れも許されない」
だろうな。タロスはこの一言を呑み込んだ。骨の髄まで分かっているというアルフィンに、言っても蛇足でしかない。
「だったら終いだ」
「え…?」
「言い負かすんなら、相手は俺じゃない」
アルフィンは一瞬ぽかんとしたが、ぷ、と吹き出す。
「あら、上手くかわされちゃった」
タロスは両腕を組んでそっぽを向いた。早くも我関せずに切り替える。
勝手にしろと匙を投げたのではない。むしろアルフィンに、すっと進路を譲ってやったのだ。
不器用な父親像、その姿と重なる。
「ありがと。タロス」
「いや」
「まさかこんな話になるなんてね」
へっ、とタロスは鼻で笑い返した。
無意識に緊張していたようで、アルフィンはふうっと肩の力を抜いた。そのままの流れでバックレストにもたれる。
「でもね、正直、少し大きく言い過ぎたかも」
「なんだよう。感動したのにさあ」
会話に混ざれる空気になった途端、リッキーがツッコミを入れる。急に弱腰というか威勢が萎えるとは一体? とタロスも眉根を寄せた。
二人の視線に気づきアルフィンは俯く。膝頭に目線を落とし
「だって全部勝手な独りよがり。あたしがこんな風に思ってるなんてジョウ…知ったら重くなっちゃうかも」
くしゃり、と淋しそうな笑顔。
「そ、それはさあ、タロス」
「う、まあ、だよなあ、リッキー」
ありえないんじゃないか? ──顔を見合わせ異口同音を呑み込む。
こういうキメの一言は他人が発するものじゃない。
凸凹コンビなりにさりげなく、若い二人に対し配慮していた。