【12】
空が白み始めた。朝は冷える。
毛布を頭からすっぽりと被ったアルフィンの吐息が、少しだけ白味を帯びた。
ウェルチー湖の湖畔には、警察と機動隊の人間で溢れていた。一般道から入れないようロープを張り、3棟の簡易テントが建ち、一晩中火が焚かれている。
ライナスが通報したためだ。
タロス、リッキー、ミミーとしては、ありがた迷惑な状況だった。警察や機動隊の目があると、ここでの指揮は彼らが執る。直感で動くクラッシャーたちは、非常にやりづらい。ただまんじりとジョウの帰りを待つしかなかった。
4人は一睡もしていない。ライナスだけは緊張が続いたせいか、日付が変わった頃に倒れた。あの根性ではクラッシャーにはなれない。アラミスで彼が農学に進んだのも頷けた。
アルフィンは何も話さなかった。
ジルを案じ、ジョウを案じ、時折うつむいては嗚咽を漏らす。
恐らく、自分を責めている。
「何かしてあげられないかしら」
焚き火の前で座り込む、ミミーが呟く。アルフィンはジョウが去った場所に、一番近いところで、3人から離れて背を向けてずっと座り込んでいる。
「一人にさせてやりなせえ」
タロスは低い声でそれだけ言った。
アルフィンの元に、一人の隊員が近づいていくのが3人から見えた。
「ミセス・アルフィン」
ゆっくりと顔を向ける。この隊の指揮を執る、ニース隊長だ。口ひげを生やし、腹も迫り出している。しかし顔つきからいえば、まだ40代そこそこだ。
「あと2時間後に、機動隊が森林へ突入します。ご了承願いたい」
「それって……」
状況を静観していたのは、エウーダを下手に暴れさせないためだった。しかしジョウとジルは戻らない。機動隊は二人を絶望視しdた。
せめてその亡骸だけでも捜索する。そういう意味だった。
「待って! もう少し待ってください」
「しかし……」
ニースは渋った。というより、もう決定は下したのだ。
そんなもめる二人の元に、一人の影がすぐそばにいた。進入禁止の筈の一般道から、当然のように現れた。そして声が放たれた。
「そんな物はいらんよ」
渋いバス。
アルフィン、タロス、リッキーが声の主に気づいた。細身のスーツをまとい、丁寧に撫でつけられた銀髪。ダン。クラッシャー評議会議長だった。
ニースはその顔に引きつった。
「し、しかし……このままでは」
「大方どこかで道に迷ってるだけだ。発煙筒の1本でも上げてやればいい」
「ですが、すでに行方を断ってから……」
「侮っているのかね、クラッシャーを」
ダンの双眸がニースを射抜く。
「い、いいえ! とんでもないです!」
「ならば、このご大層な一個隊を連れて帰るがいい」
ニースはダンに一蹴された。
そそくさと場を去ると、アルフィンがそろりと立ち上がった。
「……お義父様」
「そんなに疲れた顔をして。少し、休みなさい」
「ご……めんなさい、お義父様。ごめんなさい」
アルフィンはダンの前で、両手で顔を覆い、泣き伏した。
「お前が謝ることではないだろう」
「でも、あたしがいながら、ジルも……ジョウも……」
「あれが、たかだか巨獣くらいでくたばるものかね」
アルフィンはそっと手のひらを下ろした。
涙で濡れた碧眼をダンに向ける。
「お義父様は、信じていらっしゃるのね」
「信じる?」
ふっ、とダンは口元を緩ませた。
「ジョウは、クラッシャー評議会が特Aクラスに認定した。ただ、それだけのことだ」
「おやっさん!」
アルフィンとダンの背後に、タロス達が駆け寄ってきた。