【2】
<ミネルバ>は宇宙港に降りると、メンテナンス用のドックに駐機した。時間がある時には、全機能のチェックをしておきたい。いつどこで、何に巻き込まれるか分からないからだ。クラッシャーの宿命ゆえ、万全は期す。
ドッグのゲートから送迎フロアに入った。一般ゲートではないため、人影はまばらだ。ジョウは辺りを見回す。おかしいな。そういう表情をしている。
「あれ? アルフィンの出迎えないのかい?」
リッキーが背後から首を出す。
「いや、来るとは言ってたんだが……」
「アルフィンのことだから、真っ先に兄貴に飛びついてくると思ったのに」
「……もうそんな柄じゃないさ」
「わっかんねえよ。なんたって2年ぶりだもんな」
ミミーが間に割ってくる。
「あんまりジョウが放っておくから、じらしてるんじゃない?」
実際、ジョウも拍子抜けしていた。ゲートを出たら真っ先にアルフィンの顔を見られると思っていただけに。高鳴った気持ちに、少し寂しさが過ぎった。
「遅れてるのかもしれねえ。少し、待ちますかい?」
「俺はどっちでも構わんが……」
「もう! 素直じゃないんだから」
ミミーがジョウを肘で小突く。
「-----ジョウ」
不意に呼ばれた。
その声の方向へ四人が一斉に振り向く。通路の角を折れた所から、金髪をなびかせたアルフィンが小走りで現れた。明るいグリーンのタイトなワンピースをまとっている。しかもその細い両腕には、指をくわえた小さな子供が抱かれていた。
「……出遅れてごめんなさい。この子、初めての宇宙港であちこち動き回っちゃって」
僅かに息を切らし、笑顔をふりまいた。
「わあ!」
突然ミミーが両手を胸に歓喜する。
「実物の方がずっと可愛い! ねえ、抱かせて」
「ええ、いいわよ」
薄茶色の巻き毛。くりくりと動く碧眼は、アルフィンから受け継いだ。愛らしい顔立ちだが、立派な男の子だ。名前はジル。ジョウとアルフィンの愛息だ。そろそろ2才になる。
アルフィンの腕から、ジルはミミーへと抱かれた。女性は好きなのか。愛嬌を目一杯振りまいている。
ジョウは少し嫉妬した。
なにせ自分もまだジルを抱いたことがない。こういう場合、普通は肉親に先を譲るものだ。しかし母性本能が疼いたミミーは、すっかりそのことを忘れていた。
「<ミネルバ>に送られてきた映像より、随分と大きいじゃない」
「今じゃ片言だけど、お喋りもするのよ」
「うわあ、聞いてみたーい」
アルフィンとミミーの会話が妙に弾む。
ジョウは出鼻をくじかれてしまった。大体アルフィンもアルフィンである。久しぶりの再会だというのに、夫であるジョウにお帰りなさいの一言もない。寂しさを超えて、少し機嫌が斜めに傾く。
これもまた、そういう間柄ではなくなったということか。<ミネルバ>で共に行動していた頃は、隙あらば近寄ってきたというのに。子供ができると、夫への興味は半減してしまうのだろうか。
「アルフィン、ジョウが固まったままですぜ」
タロスが気を利かせた。
有り難いが、少し立場がないというものだ。
「あ……」
口元に手を当て、悪戯っぽく微笑む。
「お帰りなさいジョウ。待ってたわ」
「あ、ああ」
頷くので精一杯だった。
間近で見るアルフィンは、まだ若いくせに成熟した女性の色香が漂っていた。タイトなワンピースから、体つきが豊かになったのが伺える。幼さが抜けた。そんな感じだ。
眩しくも見えた。ジョウは少し照れくさくなる。
ジョウが25才、アルフィンが23才の時に結婚が成立した。書類をアラミスに提出しただけで、式は執り行っていない。というのも、順番が逆になった。ふとしたことで、アルフィンが懐妊してしまったのである。
しかし当時は忙殺の日々。アラミスに戻る余裕は一切なかった。アルフィンも<ミネルバ>残留を粘り、出産予定日3ヶ月前まで働いた。といっても現場ではなく、雑用やサポートが中心である。
そして2年前に、アラミスへの定期便がある惑星から強制送還させた。それ以来の再会である。アルフィンの身辺サポートは、父ダンに委ねていた。評議会議長としての責務の合間に、新居をあつらえ、代行で婚姻の書類を出し、看板クラッシャーの息子に代わってアルフィンとジルを見守ってくれていた。
「さ、パパに抱っこしてもらいなさい」
ミミーは一旦、アルフィンにジルを預ける。
「ジル、ダディよ。呼んであげて」
アルフィンはジョウの腕に、ジルを抱かせた。ジョウの目測より、ジルは重かった。待ちこがれていた宝物が、ついにジョウの両腕に収まる。
だが。
ジルは身をよじり、ふにゃふにゃと泣き出した。ジョウの顔をまともに見ようともしない。
「お、おい。……どうすりゃいいんだよ」
ジョウは戸惑いを露わにした。
「変ねえ……。レター映像だと、ダディって呼ぶのに」
アルフィンが抱き直す。
背中を軽く宥めると、ジルはぴたりと泣きやんだ。
ちょっと、いや、かなりジョウにとってはショッキングだった。
「驚いただけじゃない?」
ミミーなりのフォローだった。
「しっかし、兄貴が子供をあやす絵って妙な感じ」
リッキーの率直な感想。
しかし一言多かった。ミミーが腕を抓って咎めた。
「みんな家に来てくれるんでしょう?」
アルフィンが訊く。
「いや、折角の親子水入らずでさ。あっし達は適当にホテルへ行きますんで」
「やだあ、気を遣わなくていいのに。久しぶりじゃない」
アルフィンはそうだろう。タロスも、リッキーも、ミミーも、<ミネルバ>の乗員は家族同然だ。
しかしジョウの気持ちを考えると、3人はそこに甘えるわけにはいかない。言動にこそ表さなかったが、この突発の休暇を誰よりも喜んでいるのはジョウだ。二十四時間一緒にいるクルーである。簡単に察しはつく。
「休暇中には一度、遊びに行きますんで」
「そう……」
残念、という気持ちをアルフィンは露わにした。タロスは内心冷や冷やする。今この場で、喜び、戸惑い、驚き、不安。そういった諸々の感情が入り乱れ、ぴりぴりしたオーラがジョウから放たれている。
離れていた時間を埋めるのに、120時間はかなり短い。タロスは少しでも長く、家族の時間を持たせてやりたかった。
雑談を早々に切り上げたのもタロスだった。
チームクルーはそれぞれの行動へとばらけて行った。