【5】
ジョウをホテルに泊めてもよかった。だがミミーが反対する。家があるのだから、帰さないと。ミミーの意見はもっともだ。
フロントに問い合わせると、アルフィンの家はすぐ分かった。というより、誰もが知っている様子だ。無論、誰彼と口外はされない。リッキーとミミーがチームメイトと知って教えてくれたのだ。タクシーで送り返しても良かったのだが、完全に墜ちたジョウである。アラミスという場所柄、人目に気を配った方がいいと判断した。
リッキーがエアカーをレンタルしてきた。
十分も飛ばせばすぐに家は見つかった。
玄関の明かりはついている。だが部屋からは明かりが漏れていない。アルフィンが早急に修理をさせたため、窓ガラスも庭の窪みも元通りにされていた。
ミミーがドアのチャイムを鳴らす。
3度ほど鳴らして、ようやく部屋の中に動きが見えた。アルフィンはすでに休んでいたのだろうか。ジョウの帰りを待っていないような空気。
リッキーもミミーも少し不安になった。
「どなた……」
「あたしよ、ミミー。ごめんなさい夜分遅くに」
すぐにドアロックは外された。
ガウンをまとったアルフィンが顔を出す。リッキーの肩からだらりと、ジョウが力無くぶら下がっているのが見えた。
「兄貴、酔いつぶれちまってさ」
リッキーは努めて明るく振る舞う。アルフィンは室内に案内した。とりあえずリビングのソファに、ジョウを寝かせた。
「何か言ってた? ジョウは」
ライナスが帰ってしばらくして、ジョウは出かけてしまった。アルフィンにも分かっていた。ジョウのこの体たらくは、昼間の出来事が原因だということを。
「俺ら達、後から偶然合流したんだ。そん時にはもう出来上がってたし」
リッキーは小さな嘘をついた。
なんとなくその方がいい。そんな直感が働いた。
「タロスがつき合ってたみたいよ」
ミミーも人ごとのように、口裏を合わせた。
「それにしても……、素敵な家ね」
ミミーはリビングを見回し、あえて話題を変えようとする。
「でも、ジョウには居心地が悪いみたい」
アルフィンの笑顔は寂しそうだった。
「そうなの?」
初めて訊いたという表情を、ミミーはあえてつくる。
「ねえ、お茶でもどう?」
アルフィンが誘った。
何か話をしたいのだろうか。リッキーもミミーも察した。しかし自分達は事情を知らないことになっている。下手につき合ってボロがでてしまうのも具合が悪い。
「いや、今日は失礼するよ。こんな時間だし、また改めて来るからさ」
「そういえば、タロスが明日、遊びに来たいと言ってたわ」
「明日?」
「ええ」
アルフィンは少し戸惑いを見せた。
「明日は先約があるの。……夕方には帰れると思うけど」
「そう。じゃあタロスに伝言しとくわね」
あっさりと、努めてあっさりと、リッキーとミミーは用事を終えて家を後にした。
エアカーで一路、ホテルに戻る。
その助手席でミミーが口を開いた。
「なんか、想像以上にまずくない?」
「うん、俺らも感じた」
「……ジョウとアルフィンでさえも、ああなっちゃうものかしら」
「確かに、ちょっと信じられないよな」
「クラッシャーとの結婚って、すごく大変そう……」
「お、おい、ミミー! それってさあ」
リッキーは少し慌てた。
何せ自分としては、ミミーといずれ一緒になりたいのである。
「う、うまくいってるクラッシャーの家族だってあるぜ!」
少し力が入った。
「あんなにお互いを強く思い合ってる2人なのに。なんだか寂しいわ」
「いや、だからね、ミミーさあ……」
リッキーのフォローは、ミミーの耳朶を打っても、心にまでは響いていなかった。
そして重苦しい夜が明けた。
朝。いや、もう昼を少し過ぎている。
頭を抱えながら、ジョウはのっそりとソファから起きた。家だというのは分かった。だが人の気配が全く感じられない。
キッチンまでそろそろと歩き、水をがぶ飲みする。完全なる二日酔い。記憶が途切れ途切れなことから、そうとう飲んだと自覚はできた。
ふと、ダイニングテーブルにメモをみつけた。アルフィンの字だった。
寝ていたから起こさずに出かける。ライナスとの先約があり、夕方には戻る。そう簡単に書かれていた。どんな約束かは知らないが、折角夫が帰ってきたという日でも、アルフィンは出かけてしまった。
「俺だけか、勇んで帰ってきたのは……」
誰に言うともなく、ジョウは呟いた。
それからシャワーを浴び、また当てもなく出かけた。
一人でいるにはあの家は広すぎて、寂しすぎて、落ち着かなかった。