【8】
「僕は、そんな決断を訊くために話した訳じゃない」
「同じことさ」
ジョウは両手を広げ、大袈裟に肩をそびやかす。
「子供ができた責任を取るのと、家庭を築くことは違う。俺が甘かった」
「あなた達の間で、ジルはきっかけになった筈だ。そんな言い方はアルフィンが哀れすぎる」
「最低だ。そう罵ってもいいぜ」
「ジョウ!」
ライナスは掴みかかろうとした。
しかし背後から、聞き慣れた声がそれを遮断する。
「……ほんっと、最低ね」
ジョウとライナスは、ほぼ同時に身体を翻した。アルフィンが戻っていた。タロスはジルを肩車から降ろすと、じっとジョウを凝視する。
「いけねえぜ、ジョウ。やけになるのも大概にしなせえ……」
えらく低い声だ。
もう引き返せなくなった。ジョウは努めて笑顔をつくり、アルフィンに近寄った。
「気づいてるだろアルフィンも。俺より、ライナスの方が分かり合える」
「……そうね」
アルフィンも受けて立った。
そういう感じだ。
「だけどあたしは、ジルをそんな風に思ったことはないわ。一度も」
「無理しなくていいぜ。お互い弾みだったんだ。認めた方がずっと楽になれる」
「だったらそれは、ジョウだけでしょう?」
アルフィンの表情は、哀しみより、怒りが色濃かった。
「今でもはっきり覚えてる。ジルを授かった時の嬉しかった気持ち。ジョウにとっては責任でしかなかったなんてね、初めて知ったわ……」
アルフィンの語尾が震えていた。
ジョウも確かに覚えている。両の頬を染めて、少しおどおどした様子で打ち明けられた日のことを。そのいじらしさ、愛らしさに、力一杯抱きしめた。
だがあれは一種の感傷と思うしかない。でなければ、今の情けない自分を説明できないでいた。
「せめてもの償いだ。何でも注文してくれていいぜ。俺を一生奴隷に扱ってもな」
「……馬鹿じゃない?」
「どうせそうさ」
「馬鹿馬鹿しくて、涙も出てこないわ」
「今気づいたのが幸いだったな」
ジョウはさらに一歩踏み出す。
そしてアルフィンに向かって、諦め顔で続けた。
「ジルはまだ、俺のことなんか分かっちゃいない。ラッキーだぜ。今ならライナスを親父に……」
ジョウの言葉が途切れた。
アルフィンの平手が、ジョウの頬を激しく打った。
「……ってえ」
ジョウはぐいと拳で頬を拭う。
湖畔がしんと静まりかえった。
するとリッキーとミミーが遅れて戻ってきた。立ち尽くしたまま身じろぎもしない、4人の姿を捕らえる。慌てて駆け寄った。
「一体どうしたのさ」
リッキーが口出しした。向かい側にいるタロスが、ぎりっと歯を剥き出す。怪物のような顔が、一層険しくなった。うっ、とリッキーは息を飲む。
相当に緊迫した状況。それだけ分かれば充分だった。
「ジョウ……」
アルフィンが押し殺すように静寂を切った。
「あたし達、離れていた時間や距離が、問題だった訳じゃないのね。最初から食い違ってた。そういうことでしょ?」
「そういうことなんだろ」
可能性がゼロでなければ、何でもできる。ジョウはそう思っていた。だが家庭は仕事ではない。及第点に届かなければ、ゼロと一緒にされる。そのことをジョウは痛感した。
「ちょ、ちょっと待って!」
ミミーが話に割ってきた。
「邪魔しちゃ駄目だ、ミミー」
リッキーが制する。ミミーはその手をはねのけた。
「違うの! ……ジルはどこ?」
えっ。全員の口から漏れた。
辺りを見渡す。いない。ジルの姿が忽然と消えていた。