天国と地獄
朝焼けの色が終わり青く澄んだ昼の空に移り行く大空に聳え立つ摩天楼のビル群。
その高層タワービルの一つ、最上階にあるオフィスにジョウは呼び出されていた。
大きな区切りのないウィンドウが都市を一望させる絶好のロケーション。
素敵な風景も部屋に佇む男たちにはまったく用のないものだった。
神妙な面持ちのジョウに対して、困惑の色を隠せない男が一人。
重厚感のあるデスクに高価な調度品に囲まれた部屋は、ジョウにとって居心地が悪かったがそう言えない事情があった。
目の前の恰幅のよい男は、ジョージ・テレントスと呼ばれていた。
銀河でも屈指の財力を誇るテレストラー財閥のオーナーであり、メイエンの市長も兼ねていた。
くじゃく座宙域恒星ピーコックの第四惑星パブラの首都メイエン。
遊戯を中心とした賭博惑星として有名な所だ。
ジョウ達も何度か休暇の際は足を運んだことがある場所。タロスがいたく気に入っている。
実質、都市メイエンはテレントス財閥のものと言ってもよかった。
市長と財界の主が一緒なのだから、そう言われても仕方がない。
メイエン市庁舎の市長執務室。今ジョウがいるこの場所の名前だ。
オーナーの居城に足を踏み入れ、いつものクラッシュジャケット姿のジョウにとって、この場所は息が詰まりそうだった。
「これを見る限り契約違反は決定だな」
暫く黙って読んでいた書類を机の上に置いて、男は目を伏せた。
数十枚に及ぶ書類はバサリと音を立てて机の上に広がる。
中身は、ジョウのチームが請け負った仕事の報告書だった。
みなみじゅうじ座宙域にある恒星ガクルクスの第ニ惑星にあるラボからこの惑星バブラまでの輸送業務。
輸送品は高性能アンドロイド。
最近開発されたこのアンドロイドは、一目見た限りでは人間と遜色ない程の動きをする。
表情も細やかで様々な応対も可能だ。よく見れば瞳の動きが人とは違うというだけで初見では分からない。
テレントスはそのアンドロイドを使って二十四時間営業のアミューズメントプレイスを開業する予定だった。
小規模だがカフェ、回転寿司、鉄板焼、パチンコ店と同じ店内で時間が来れば舞台が回るように入れ替わる。
客が移動するのではなく、店が移動する。それを売りに大々的にプロモーションを行っていたのだ。
予定より仕上がりの遅くなったアンドロイドの輸送をすべくジョウ達はテレントスに雇われた。
護衛と輸送、両方を兼ね備えた存在にテレントスは大いに歓迎の意を表した。
ジョウも十分に間に合うと判断し技術者を乗せみなみじゅうじ座宙域を旅立ったのは五日前。
ワープを数度繰り返して、昨日この星に到着した。
時間的には問題のないタイミングだ。何の支障もなかったと思ったがそうはいかなかった。
到着後行ったメンテナンス検査でアンドロイドが誤作動してしまう事が判明したからだ。
出発前の点検動作では異常なく動いていたアンドロイドが、惑星バブラに着いた後の点検では奇妙な動きを見せた。
これにはジョウも困惑した。技術者に言わせると『ワープ』が影響を与えたらしい。
高性能ICチップが異相空間への移動になんらかの影響を受け、アンドロイドが不自然な動きをすると言うのだ。
現状を改善するには、もう一度ラボに戻ってICチップを組みなおさないとダメだと技術者は言い切った。
これではなんのために仕事を請け負ったのか分からなくなってしまった。
ジョウはオープンが明日に迫っていることもあり、すぐさまテレントスの所に駆け込んだ。
「すいません」
ジョウは今一度頭を下げてテレントスに謝罪した。
「そんな一言で済むとは思っちゃいないだろうな、ジョウ?」
バリトンの声が威圧するように言葉を放つ。仕事を失敗したのも同じ、非難されても仕方がない。
「はい。違約金はお払いします」
「もちろん払ってもらうよ。とは言え、このままアンドロイドを待つ訳にもいかない。明日がオープンなのだから。オープンできないその収益減の方がもっと痛手だ」
「・・・」
経営者らしい発言、売れっ子クラッシャーのジョウを雇うより企業収益の方が大きい。
改めて財閥の繁栄状況が分かる一言だった。
「何かこの状況を打開するような妙案でもあるかね、ジョウ?」
ジョウに妙案なぞあるわけがない。黙ってテレントスの顔を見た。
こういう事を考える頭脳労働はあまり得意ではなかった。
「君の方がないのならこちらとしては一つ提案があるのだが・・・」
「提案?」
思わぬ言葉にジョウの心が動く。ケチのついた仕事だが、一度請け負った仕事には違いない。
こんな終わり方じゃ後味が悪かった。ただ、テレントスの不気味な笑みが気になる。
「こちらも無理をさせたのは否めない部分もある。もし受けてくれるなら違約金はなしでもいい!」
あまりに予想外の申し出にジョウは驚きを隠せない。
たった今までずっしりと圧し掛かっていた違約金問題が、ゼロになるというのだ。
「その提案というのは?」
「君たちがアンドロイドの修理を終えてここへやってくるまで“Shot Shell”を動かしてもらうというものだ」
「俺たちが・・・?」
“Shot Shell”というのは、新しいアミューズメントプレイスの名称だ。
そこで使うアンドロイドの代わりをジョウたちにしろとテレントスは言う。
「聞けば君たちは四人いるということだし、アミューズメントもちょうど四つ」
「いきなり俺たちがそんなアミューズメントを動かせるわけがない」
至極当然の反論をジョウは試みた。オープンは明日なのだ。付け焼刃で対応できるか不安が残る。
「マニュアルは睡眠プログラムで覚えればすぐだ。期間はニ週間、後は君たち次第だが?」
テレントスにそう言われてジョウは暫し考えを巡らせた。違約金はかなりの額になるのは分かっている。
オープン出来ない経済損益を損害賠償請求で上乗せ請求されたらそれこそ大打撃だ。
<ミネルバ>ごと持っていかれるかもしれない。そうなったら商売上がったりだ。
違約金なしは魅力的な話だが自分たちで勤まるかどうか。心配なのはその一点だった。
「どうする、ジョウ?」
テレントスは再度ジョウに問うた。
「俺たちが請け負うことに異論はないんですか?」
最後の足掻きをみせてジョウはテレントスに食い下がった。
「君のチームのメンバーは各個の個性があり十分対応は可能だと思っている、少々のリスクは目を瞑る」
「・・・分かりました。その仕事請け負います」
ジョウはそう返答した。
旨く乗せられたようで悔しいが、結局回避する方法などはなく受けざるを得なかったのだ。
「えーっ、本当にオイラ達がやるのかい?」
<ミネルバ>のリビングでソファに座っていたリッキーが驚きに立ち上がった。
メイエンの市庁舎から戻ったジョウは早速このことを他のメンバーに話した。
請け負ったなら一刻も早く段取りを覚えないと時間が惜しかった。
「本当だ。今から二時間、このデータをスリーピングシステムで覚えて明日から仕事を始める」
ジョウは至ってまじめに答えた。
臨席のアルフィンはテレントスから渡されたパンフレットを真剣に見入っている。
タロスは仕方がないという素振りをした。四つあるアミューズメントの割り振りはこうだ。
アルフィンはカフェ。タロスはパチンコ。リッキーが回転寿司。最後にジョウが鉄板焼だった。
「アルフィンやタロスはいいよ、簡単そうだし。オイラなんか、オイラなんかご飯だって握ったことないのにー!」
リッキーが泣くように訴える。まあその気持ちも分からないわけでもない。
まったくの異種業種に就くのだ。多少なりとも不安がない方がおかしい。
「ご飯じゃねえ。あれは“シャリ”っていうもんだ」
タロスがやんわりとリッキーの言葉を横から訂正した。
パチンコで“大当たり”の放送が主な仕事というタロスは安気なものだ。
「ご飯だってシャリだってどっちでもいいよ。オイラにそれ無理!」
「じゃ、俺の鉄板焼と代わるか?」
ジョウも少々気の毒に思って自分の割り振りと交換しようと申し出た。
大差はないと思う。気持ちの問題だろう。
「ほんとに?いいの、兄貴?」
リッキーは鉄板焼のイメージを焼くだけと思ったのか笑顔になる。
「ダメよ!チームリーダーが決めたんだから一々文句を言わない!」
しかし、そこにアルフィンの容赦ない一言が炸裂した。
「アルフィン!」
「グズグズ泣くんじゃないわよリッキー!男でしょ!」
泣きが入っているリッキーを叱咤してアルフィンがソファから立ち上がった。
「酷いよお・・・」
「アルフィンは・・・いいのか?」
ジョウがすまなそうにアルフィンを見上げる。何も文句を言わないのがかえって不気味だ。
「違約金払って貧乏になるより、二週間耐えてクラッシャー稼業に戻れるのならいいじゃない」
ジョウに向かいアルフィンは微笑んだ。
顔は笑っているが・・・瞳は烈火のごとく怒りに燃えていた。
その笑顔にジョウも立ち上がる。逆らわない方がいい。そう判断した。
「リッキー、アルフィンの言うとおりさっさと終わらせようぜ。いくぞ!」
ジョウとアルフィンに引き続いてタロスも重い腰を上げる。リッキーも渋々その後に続いた。
「キャハハ、ハジメテノ転職〜」
浮かれるドンゴが最後に<ミネルバ>のリビングを後にした。
開店は深夜零時。一週間の最初、日曜日はジョウが担当する鉄板焼。
早朝五時にアルフィンが担当するカフェと交代する。
白いTシャツに青いデニムのエプロンにジーンズ。ユニフォームは至ってラフだ。
鉄板焼ともなれば油汚れも多い。清潔さえ保てばその方が動きやすい。
それにしても慣れないことをするのは意外と緊張が解けないものだとジョウは思った。
スリーピングシステムのお陰で調理方法は全て頭の中。
大まかな下準備は奥のキッチン&ブースで行い、最後の仕上げを表で行う。
だが、仕上げを接客しつつとなるとそう旨くできるかどうかは保障がない。
それでもジョウは鉄板を拭き、コテを揃えてその時を待つ。
深夜零時の告げる時計の音が、店内に響き渡った。入り口に神経を集中させる。
開店と同時に十五人程の店内はあっという間に一杯になった。主に女性客が多い。
「ようこそ・・・来店ありがとう・・・ございます」
ジョウの声が上擦って笑顔が引き攣った。早くも接客業には向かないとジョウは心の中で愚痴を吐く。
「すみませーん。生ビール二つ」
早々にカウンターに座る短髪のOLらしき女性が、ジョウに注文の声を上げた。
一番最初の注文に緊張が走る。
「OK。ちょっと・・・待っててくれ」
サイドにあるビールサーバーで、注文の生ビールを用意する。
頭の中にあるマニュアルを思い出し、ビールジョッキをうまく傾け上部に白い泡の部分を作り出した。
「はい!・・・生ビールお待たせ」
カウンター越しにビールジョッキを二つ手渡した。
「ありがとう。ねえ、貴方名前はなんて言うの?」
ショートカットの茶髪の女性が単刀直入にジョウの名を尋ねてきた。
「ミルカったらカッコイイ男性見るとすぐ話しかけちゃうんだからあ」
「いいじゃないエミイ、名前ぐらいは。アンドロイドなんだし」
若い二人はジョウの方を横目で見ながら耳元で囁いている。
自分たちはアンドロイドのままになっているようだ。彼女の呟きにジョウはそれを知ることになった。
「え・・・あ・・・ジョウ」
ボソッとジョウは顔を赤くして返答した。
口篭るアンドロイドは彼女たちにとって不思議な存在だったようだ。
とびきりの笑顔をジョウに向けて微笑んだ。
「ジョウって言うのね。あたしミルカ。こっちのがエミイ。よろしくね」
「こっちのってひどおい」
黒髪の長い女性が頬を膨らませて反論した。
「ま、ま、エミイまずは乾杯しようよ!」
ミルカはエミイを宥めながら、ジョッキを手に持った。
「そうね。ジョウに逢えたことにかんぱーい」
二人はそう言ってジョッキをカチンと合わせた。
その後のジョウは目の回る忙しさだった。
サポートに入っているドンゴが材料を順序良く用意してくれるが、接客は自分一人。
一対十五は結構大変だ。あっという間に時間が数時間過ぎた。
もうそろそろ次のアルフィンが奥のブースにスタンバイに来るはず。
「すみませーん。お好み焼き-ブタ玉ひとつ」
客の一人が声を上げた。若い女だ。
「OK。ちょっと待っててくれ。」
何枚か焼いてコツを掴んだジョウはお好み焼きを焼きながら器用にコテを回転させる。
そのパフォーマンスに客から拍手が沸き起こった。
普段ナイフやレイガンを扱っているのに比べればこんなことは簡単なものだ。
「はい!お好み焼きブタ玉お待たせ」
お好み焼きをカウンターの前にコテで差し出した。思わず嬉しさにウィンクを送ってしまう。
「・・・ありがとう」
真っ赤な顔になった彼女の顔を見て、ジョウは自分がしでかしたことに気づく。
アルフィンに見られたらとんでもない所だ。すぐにその場から離れる。
ふと奥のほうから声が掛かった。
「ジョウ・・・何か話しのネタない?」
奥の方に座っている優しげな笑顔の女性に話しかけられてそちらの方に向かう。
カウンターは結構奥行きがある。同じ場所でばかりは居られない。
「そうだな。休みの日の予定って決まってる?」
話のネタと言われてもすぐに浮かばない。ジョウとしては無難な所を言ってみる。
そこへキャタピラを回しながらドンゴがやってきた。
「キャハハ・・・じょう、奥デあるふぃんガヨンデマス」
「アルフィンが・・・?」
絶妙なるタイミングでの呼び出しにジョウは言葉を失った。
何処からか今の場面を見られたのだろうか?
「ココハ私ガ、彼女ノ相手ヲシマスノデ」
「分かった・・・頼んだぞ、ドンゴ」
ジョウは気の重いその足で奥のブースに向かった。奥へ続くドアを開けてブースに立ち入る。
そこには、カフェを担当するメイド姿のアルフィンが居た。
紺色のベルベット地のミニワンピースに真っ白なレースとフリルが一杯のエプロン。
カチューシャまで付けて本格的な雰囲気だ。
一部のロリコンには受けそうなファッションにジョウは少々不安を覚えた。
「ジョウ♪」
嬉しそうに微笑むアルフィンにジョウは顔が赤くなるのを自覚する。
ドレスを着ているのとも違い、背徳的な雰囲気がした。
「どう?似合ってる?」
クルリと裾を翻しアルフィンは一回転してユニフォームを見せた。
短い裾からはオーバーニーソックスと生足が見え隠れする。
一層ジョウの顔が真っ赤になった。見てはいけない物まで見えてしまった。興奮に頭が沸騰しそうだ。
「ジョウ?」
返事のないジョウにアルフィンは近づいて顔を覗き込む。
「うわ・・・ア、アルフィン」
慌ててジョウは壁際に飛び退いた。一瞬見とれて意識が飛んでいたのだ。
気がつけばアルフィンが間近に居て、心拍数が数段跳ね上がる。
「大丈夫?」
怪訝そうにジョウを見るが、アルフィンはすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「こういう服着るのって初めてなのよね。似合ってる?」
ジョウに褒めてもらいたくて返事を待っているアルフィン。
でも、ジョウは黙って頷く事しか出来ない。
――― 何か言ったら最後どんなことを口走るか分かったもんじゃない。
ジョウはそう心で呟いた。
「ジョウったらあ。ちょっとぐらい褒めてくれてもいいじゃない」
少し頬を膨らませてアルフィンがジョウを見上げた。
純朴青年のそんなことには全然気がついてない天然美少女は、プイと横を向いてブースを後にした。
早朝五時、アルフィン担当のカフェがオープンになった。
「いらっしゃいませぇ。来店ありがとうございます」
アルフィンが店内に入ると女性客と男性客が半々といった所だった。
一斉に入ってきたメイド姿のアルフィンに注目が集まる。
金髪碧眼のメイド服を着た美少女に店内から溜息と感嘆の声が上がった。
「すみませーん。モカひとつ」
女性客の一人がアルフィンに声を掛けた。早速の注文にアルフィンも即座に対応する。
「はい。ありがとうございます」
奥のブースとの間にあるコーヒーメーカーの前に行く。
カップに温かい珈琲を注ぐとトレイに乗せカウンターに差し出した。
「はい。モカよ、お待たせ」
天使のようなアルフィンの愛らしい笑顔に女性客の方も一瞬見とれてしまった。
「滅茶苦茶カワイクないか?」
「予想外の萌えだよな」
男の二人組がアルフィンの方をじっと見つめている。まだ年若いサラリーマンのような二人だ。
アルフィンの方から近づいて微笑む。接客業は笑顔が肝心。スリーピングシステムで覚えたことだ。
「ご注文はございませんか?」
ニッコリ微笑まれて男たちの顔がポーッと赤く染まった。
至近距離での美少女の微笑みに免疫がないのか、動きがぎこちなくなっている。
「コ、コ、・・・」
コーラと言いたいのだが、完全に舞い上がってしまって言葉がうまく出てこない。
「コ?コ・・・ねえ。ロマネコンティのこと?」
「は、はい」
値段も分からずに男たちは返答した。
ロマネコンティは四十万クレジットもするこのアミューズメントプレイスで一番の高額品である。
お酒一本の値段だとは知らない男たちは不運である。
「はい。ありがとうございます」
アルフィンは早速用意をして男たちの前に差し出した。紅い液体が特別仕様のグラスに注がれる。
「はい。ロマネコンティよ、お待たせ」
「あ、ありがとうございます」
きっと彼らは最後の支払いで泣きをみるはずだが、それはアルフィンの預かり知らない所だった。
「すみませーん。アルフィンさんにブランデーひとつ」
アルフィンの気を引こうと別の若い男がおごり注文をする。
「今お仕事中だから・・・お気持ちだけいただくわ。ありがとう」
やんわりとアルフィンはその行為を断った。
ここで飲んでしまえば大変なことになるのは自分でも分かっている。
もし飲んで暴走すれば多額の支払いが待っている。これ以上借金を作るわけにはいかないのだ。
「すいませーん。アルフィンさんにカラオケひとつ」
「了解!カラオケを受け付けたわ」
カラオケのオーダーに適当に選曲してアルフィンが歌い始めた。これなら暴走することはない。
「はい!じゃあ歌わせてもらうわね」
メイド服を可憐に揺らしてアルフィンが歌う。
それだけで、その場に居た男たちはもうアルフィンの虜だった。
美しい歌声と愛らしい仕草に次々と男たちがアルフィンに注文を始める。
女たちも負けずに注文を始めた。あっという間にカフェは大繁盛となった。
流石にドンゴとアルフィンだけでは回し切れるわけもなく、仮眠を取ろうとしたジョウが叩き起こされた。
「ジョウ、お願い。手伝って」
アルフィンが両手を合わせて仮眠室で寝ていたジョウを揺り起こす。
ブースの奥に設置された仮眠室はあまり大きくはないが一通りのものは揃っていた。
「ドンゴがいるだろ・・・」
「ダメ!全然足りないの」
「・・・リッキーか・・・タロス・・・呼べば?」
眠気の方が強くてジョウは軽くアルフィンをあしらおうとする。
「間に合わないの。早くーっ」
強引にベッドから引っ張り出されジョウはボーッとした頭でキッチンへ向かった。
「ハ、ハヤクシテクダサイ二人トモ」
ドンゴがけたたましくランプを明滅させて、忙しく立ち振る舞っていた。
「すいませーん」
表からアルフィンを呼ぶ声が聞こえる。
「ごめんなさい。ちょっと待ってね」
少しだけ表に顔を出してアルフィンはジョウに念押しする。
「あたし、表で注文取ってくるから、ジョウはドンゴと裏方お願いね」
「おい・・・」
「頼むわよ」
そのまま表の方へアルフィンは駆けて行った。残された一人と一台は互いに顔を見合わせた。
「・・・何をすればいい?」
「飲物類ヲ、ツクッテクダサイ。ワタクシハ、軽食ヲ担当シマス」
「分かった・・・」
ジョウは言われるがままにオーダーの入った品物を次々と捌き始めた。
「コーラ、まだ?バイオレットフィズもまだできてないじゃない」
次々とやってくる注文とアルフィンの催促に奥のキッチンは戦場と化した。
「ドンゴ、ソーセージ盛り合わせ!それとピザもね!」
ドンゴもひたすらアルフィンに言われるがまま料理を作り続けている。
時計の音が一つだけ鳴った。午後一時は過ぎたようだ。客足は途絶える気配がない。
ジョウはこの後十四時から続いて二十一時まで担当する。とても体力が持つか自信はなかった。
「おい、ドンゴ!」
「ナンデス?コチラハ忙シインデス」
機嫌悪そうにドンゴが呟く。幾らロボットとはいえ労働条件が厳しすぎる。
少しも休む暇がない。高級オイルを貰っても割りが合わないだろう。
「リッキーとタロスは?」
「通信ヲ切ッテマス。所在ハ不明デス」
完全に自分の担当時間まではここに近づかないつもりだ。二人とも万が一の事を考えて保身に走っている。
「ジョーウ、手が動いてないじゃない」
ドンゴに話しかけて止まっていた手をアルフィンに見られてジョウは慌てて振り向く。
いつの間にキッチンに来たのか全然気がつかなかった。
「あたしが身を粉にして働いてるのにジョウは助けてくれないの?」
「え、いや・・・そんなことは・・・」
妙にアルフィンの声のトーンが座っている。よく見るとうっすらと顔が赤い。
「アルフィ・・・もしかして飲んだのか?」
「ほーんのちょっとらけよお」
今の言葉で確定した。確実にアルフィンは酒を飲んでいる。
ジョウはすぐにアルフィンの腕を引っ張り腕の中に押さえ込んだ。
まだ暴走する前なのかした後なのか表を確認したいが、アルフィンの酔いを醒ますほうが先だ。
「ドンゴ、水!!」
「ハイハイ」
ジョウがアルフィンを抑えている間に、ドンゴがグラスに並々とミネラルウォーターを持って来る。
「ほら、これを飲むんだ」
「いやよぉ・・・ジョウが飲ませてくれなきゃ・・・やだ」
「おい・・・勘弁してくれよ」
「ヤなものはヤなの」
ふくれっつらでそっぽを向くアルフィンにジョウは困惑した。
「すいませーん、注文品まだですかあ」
表からの呼び出しに素早くドンゴが動く。キャタピラのスピードが速い。
「後ハ任セマシタ」
この場に居て酒乱のアルフィンから被害を受けるよりは表で謝る方がいいとドンゴはスーパーコンピュータで即座に判断した。
「ドンゴー!」
ジョウの叫びのむなしくドンゴは表のドアの向こうに消え去った。
助けの綱が消え、再びジョウはアルフィンの方に向き直る。
「ジョウ飲ませてえ〜」
強請るアルフィンの艶やかさに、ジョウは頭が真っ白になった。
いつもと違うシチュエイション。アルフィンの唇だけが一層クローズアップされる。
「・・・今回だけだぞ」
そう言ってジョウは自らグラスの水を口に含み、アルフィンの唇に押し付けた。
コクリと喉を伝ってアルフィンの中に冷たい水が流れ込んでゆく。
その時だった。
ガクリと力が抜けアルフィンがジョウに凭れ掛かった。酒の酔いで潰れてしまったようだ。
腕の中ですやすやと眠るアルフィンにジョウは心底ホッとした。
とりあえず仮眠室に運んで横たえさせた。
赤らんだ頬に広がるミニスカート。フリルのエプロンが呼吸と共に上下する。
「ジョ・・・ウ」
寝言を呟くアルフィンの頬にそっと口付けてジョウは仮眠室を後にした。

なんとかドンゴと二人でアルフィンの部分をカバーしたジョウは、リッキーとタロスの担当時間完全に爆睡した。
アルフィンには懇々と酒を飲むなと言い含めて、慣れもありその後は二週間を乗り切った。
「助かったよ、ジョウ」
無事アンドロイドが到着し、宇宙港に見送りに来たテレントスからボーナスを受け取る。
予想以上の繁盛にテレントスはご満悦だった。
一方、今から宇宙へ旅立つ、ジョウの頭にはそれしかなかった。
「また、いつでも来てくれ。楽しみに待ってる」
「ああ」
握手を求められてとりあえず手を差し出す。
ギュッと力強く握るテレントスからジョウは早々に手を離した。
「クラッシャーを辞めたい時はすぐに連絡をくれ。君たちをぜひスカウトしたいのでね」
名残惜しそうにこちらを見るテレントスに、ジョウは素早く一歩引いた。
「それはない。クラッシャーを辞める時はオイボレだぜ、きっと」
早々に手を振ってジョウはその場を離れる。
――― 転職なんてまっぴらだ。クラッシャー稼業が性に合っている。
青い空を見上げてその先の宇宙に思いを馳せながら、仲間の待つ船へジョウはそのまま駆けていった。
-fin-