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「リッキー、アルフィン知らないか?」
ジョウが辺りを見回しながらミネルバのブリッヂに入ってきた時、リッキーは動力コントロールボックスについて、ドンゴ相手に動力の最終チェックを行っていた。
「キャハ、あるふぃんハデカケタ」
答えたのはドンゴだ。首から上をぐるぐると回転させている。
「出かけた?」
「ほら、兄貴、今朝アルフィンとケンカしただろ?あのまま怒って出てっちゃったぜ。何か買い物があるんだって」
ジョウはリッキーの言葉を聞いて渋い顔になった。ケンカ、あれがケンカだって?……そういう顔だ。
今朝、アルフィンは、いきなりジョウの部屋へやってきた。
『ね、見て、ジョウ』
そう言って、彼女は入口のところでくるりと一回りして見せた。そして期待にみちた眼で、起き抜けのジョウをじっと見たのだ。
ジョウははっきりしない頭で──ジョウは、アルフィンの訪問でたたき起こされた──しばらくアルフィンを見たが、何のことだかよくわからない。
『え?』
そう答えた途端、『んもう、ジョウの鈍感!』
いきなり非難の声をあびせられたのだ。そしてアルフィンは、そのままどこかへ行ってしまった。
「アルフィン、今日おニューの服だったのにさ。何か言ってほしかったんじゃないの?」
「へえ、おまえさんも少しは女心がわかるようになったのかねぇ」
からかうような口調で入ってきたのはチーム最年長のタロスだ。
「なんだよ、タロス」
「いやあ、彼女のいる人はやっぱり違うねぇ」
「なんだよおっ、タロスなんか女っ気まったく無しでかーわいそ」
「なんだってえ?」
タロスの眼が妖しく光った。リッキーはその挑発にあえて乗る。
「やるか?」
「受けてたちましょ」
ジョウが二人の間に割って入った。
「タロス、補充物資の確認は?」
「終わりましたぜ」
「ミネルバの点検も、リッキーが今やっているので最後だな」
そう言ってジョウは少し考え込んだ。まだ昼前だというのに作業が全て終了してしまう。ミネルバは、昨日この宇宙港へ入ってきて、物資補充のかたわら計器類の総チェックを行なった。出発は明朝の予定で、──つまり、ほぼ一日時間が空いてしまった。
実はジョウはそれを見越して、アルフィンをドライブに誘おうと探していたのだけれど……いないなら仕方がない。
「あるふぃんハ宙港せんたーノ食料品こーなーヘイッタ。キャハ」
「何買いに行ったんだろ?」
リッキーの独り言にタロスが口をはさんでまたひともんちゃくを始める間、ジョウは、アルフィンの行き先が宙港センターならすぐに戻ってくるだろうと考えて、今度は二人を止めずにそのまま自室へひきあげた。宙港センターは、目と鼻の先なのだ。
*
太陽系国家ガガール、その第三惑星ビアに、ミネルバは入港している。
第一惑星ブランデール、第二惑星ワイネ、そしてビア、計三つの惑星からなるガガールは小国ではあったが、それでも農耕・畜産に栄え、その繁栄ぶりは決して他国にひけをとらない豊かな国家である。商船から連合宇宙軍にいたるまで、宇宙を旅する者達にとって、ガガールはなくてはならない宇宙のオアシスの役割を果たしている。
その国の玄関口である宇宙港のセンターは、いつでも買い物客でにぎわっている。その中を、アルフィンは、実はもう三時間もうろうろしていた。
「ガガールは品揃えが豊富だし、新鮮だし、食料品を手に入れるには一番だけど……」
広すぎる、とアルフィンは言いたかった。品がそろいすぎている、と。
しかしいくらなんでも、せいぜい一時間もあればこのフロアは抜けられる。広いと言っても限度がある。そこをもう三時間も歩いてなお抜けられないというのは、ひとえにアルフィン自身のせいなのだ。
右を見、左を見、目にとまるものは全て手にとり、買うか買わないか悩む。そんな調子だから、目的の品を集めて会計にたどりつく頃には、さしものアルフィンも買い物疲れを隠せなかった。
「随分時間がかかっちゃったけど、いいものばかり手に入ってよかった」
ところで、この宇宙港で、アルフィンは特別目立っていた。
美しい金髪、容貌もさることながら、その服装。スペースジャケットに身をつつんだ宇宙航行者の人ごみにあって、アルフィンの姿は人目をひくに十分だ。
ストライプのブラウススーツ。古典映画の女優が身にまとうようなクラシカルな雰囲気が、アルフィンによく似合っていた。次の休日にはこれを着てジョウと出かけようと、楽しみにしていた。
「せっかく着たのに……!」
ふいに今朝のことを思い出したアルフィンは、手つきも荒々しく、買った物を無造作に袋へつめていく。
「ジョウの鈍感には慣れてるけどね!」
買い物には疲れた。確かに疲れたけれど、このまますぐミネルバに戻るのも勿体無い気がする。思いがけず出来たせっかくの休日、気分転換に、このまま市街まで出かけてみるのも悪くない……。
と、その時、背後から突然声をかけられた。
「アルフィン!」
名前を呼ばれて驚いて振り返ると、そこに、グレーのスペースジャケットを着た少年がいた。年の頃は十五、六。不似合いな大きな眼鏡の向こうで、人なつこそうな瞳がうれしそうにこちらを見ている。
「誰?」
アルフィンは怪訝な顔で少年を見返した。記憶をたどる。
「あたし、ガガールに知り合いは……」
そこまで言った時、ドウンッという地響きがフロアを揺らし、同時に激しい爆裂音と光が人々を襲った。
「何!」
事の中心はアルフィンと少年のいる場所からはかなり離れていた。が、突然の爆発は、宙港センターにいる人々を恐慌状態に陥れた。悲鳴、逃げ惑う人、辺りにひろがる煙、火薬の匂い。
パニックに巻き込まれないうちに、アルフィンはセンターの外へ出ようとした。幸い、出口はすぐ目の前だ。
が、それを阻まれた。
レイガンを構えた男達が、行く手をふさいでいる。そして男達は何のためらいもなく、銃口をアルフィンに向け、トリガーを引いた。
アルフィンは反射的に身体を倒して、そばの物陰に身を隠す。
「何よ、これ!」
混乱した。わけがわからない。とりあえず応戦しようにも、今のアルフィンには何の武器もない。
「アルフィン、こっちへ!」
先刻の少年がアルフィンの元へとびこんでくると、手をとって駆け出した。
「どうなってんのよぉ!」
アルフィンは突然の出来事に戸惑いながらも、引かれるままにその場を後にした。
少年はすばしこく人々の間を抜け、追ってくる男達をあっという間に撒いた。
*
ジョウが自室に戻ってすぐ、リッキーから緊急連絡が入った。
「大変だよ兄貴!宙港センターが爆破されたって!」
「何だって!?」
ジョウはモニターに飛びついた。
「アルフィンは!」
「まだ戻ってきてないよ」
リッキーの声は動揺している。
ジョウは部屋を飛び出すと、今来た道を駆け戻った。
ブリッヂではタロスが、大きな肩を揺らせながら通信機と格闘している最中だった。
「ちくしょうめっ、全然つながらねェッ」
「兄貴!」
ジョウの姿をいちはやく見つけたのはリッキーだ。
「あそこだよ!」
リッキーが指さす先、ブリッヂから見える宙港センターの一階。遠目ながらに確かに、黒い煙を吐き出している。一階はアルフィンが向かった場所だ。
「だめだ、センターも管制塔もどこも回線が混乱してやがる」
タロスの言葉と同時に、ジョウは身をひるがえした。
「行ってくる!」
そう言ってブリッヂを出ようとした時、
「ジョウ!」
タロスの威勢のよい声が、ジョウを呼びとめた。
「通信がつながる!」
パッとメインスクリーンに、一人の中年男が映し出された。
リッキーがまくしたてる。
「こちらミネルバ、そっちは一体どうなってんのさ!」
男は、リッキーの勢いに一瞬言葉を失ってうろたえた。が、すぐに何事もなかったように平然と口を開いた。
「クラッシャージョウチームの皆さんですね」
それは爆発騒ぎで混乱している筈の宇宙港の人間とは思えない、間の抜けたセリフだった。
「……あんた、誰だ?」
ジョウがいぶかしげに誰何すると、スクリーンの男は坦々とした調子でこう言った。
「実はお願いしたいことがありまして……」
ジョウは男にみなまで言わせず言葉をたたきつける。
「こっちは今とりこんでんだっ!それに飛び込みの依頼は受けない!タロス、そんなもん切っちまえ!」
ジョウはそのままブリッヂを飛び出した。止める間もなかった。
*
宙港センターは、黒煙と人の声で混乱を極めていた。
ジョウは逃げ出してくる人波をかきわけながら宙港センターの中へ入った。
「アルフィン!」
広いフロアにざっと目を走らせてアルフィンを捜す。奥の方ではビア宇宙港警備隊が右往左往しているのが見える。火災の処理や爆発に巻き込まれた人々の応急処置におわれているのだ。ジョウは目を細めた。
「……」
あの目立つ金髪を見逃すはずがない、その自信がジョウにはあった。が、ジョウはミネルバからここに至るまでそれらしい姿を見ていない。
まさか、爆発に巻き込まれた……?
ジョウは頭を振って、その考えを打ち消した。
と、その時、かすかに鼻をくすぐる匂いがジョウの足を止めた。
爆発からは距離のあるこの場所で、リノリウムの灼ける匂いが強くなった……これは。
見ると足元、無数の弾痕が黒い斑点となって、オフホワイトの床をこがしている。
いやな予感がした。
ジョウは辺りを見回し、壁際で床に座り込んでいる白髪の老人を見つけて駆け寄った。
「おい、じいさん、ここで何があったか知ってるか?」
ジョウに首根っこをつかまれて、老人は驚いて答えた。
爆発の直後にどこからともなくレイガンを持った男達があらわれて発砲、襲われたのは少年と、金髪の少女、その一部始終を老人は目撃していた。
老人はたどたどしく言葉をつないだ。
「街の方へ逃げて行ったぞ。男共もその後を追っていったが……」
ジョウはその少女について詳しく尋ねた。今朝ちらりと見たアルフィンの服装を必死で思い出しながら。
「そうそう、確かそんな感じの子だったのう。ストライプのな。えらいべっぴんさんじゃったから、よう覚えとる」
アルフィンに間違いなかった。
走って逃げられる元気ならひとまず安心だが、それにしても襲われるとはどういうことだ。その、一緒にいたという少年は一体……?
老人の話を聞きながらそんな事を考えていたジョウの所へ、リッキーがかけつけてきた。
「兄貴、アルフィンは!?」
息があがるのを整えてリッキーがそう聞くのに、ジョウは老人の話をそっくりそのまま伝えた。
「ああ、やっぱり遅かったあ」
リッキーは額に手の平を当てて大きくため息をつく。
「どういうことだ?」
「さっき、兄貴が飛び出す前に入った通信、そいつを保護してくれってんだったんだ。アルフィンと一緒にいた奴だよ。イマク=ローエムシュタインなんだって!」
リッキーは投げやりにそう告げた。ジョウは顔をゆがめた。
「なんだってそんな奴が、よりにもよってこんな時期にこんなところにいるんだ!?」