[4]
ビア宇宙港に戻ったミネルバを待ち受けていたのは、大統領官邸からの迎えだった。
四人はわけのわからないうちにエアカーに乗せられると、いまだ騒然としている市街地を抜け、官邸に連れてこられた。
「こちらから出向くのが筋なんですが、今はここを動けなくて……」
私室に招くとイマクは非礼をわびた。
「アルフィン、助けるどころか、返って大変な目に遭わせてしまって、ごめんなさい」
スペーススーツから礼服に着替えたイマクは、まるっきり十五の少年の顔で頭を下げた。アルフィンの前では、どうやら手際の良い政治家の表情はすっかり消えてしまうらしい。
「僕には信じられなかったんだ。アルフィンみたいなか弱い普通の女の子に、クラッシャーなんて危険な仕事がつとまるなんて」
今でも信じられないんだけど、と四人を見回して言った。
「アルフィンがか弱い普通の女の子だって!?」
「そいつぁ……一体どんな猫をかぶってたんだ……」
リッキーとタロスが顔を見合わせて言葉を失う。
アルフィンはその二人をきっと睨んだ。
「何よ?」
「まあ、アルフィンは並みの女の子じゃないってことさ」
ジョウは苦笑する。
「信じられないんならサラム=ローエムシュタインに聞いてみるといい。サラム邸をぶっこわしたのは、半分はアルフィンだからな」
お詫びにと用意された食事の席を辞退して、かたくるしい事の嫌いな彼らは逃げ出すようにその場を去った。ただアルフィンだけは、無事救出された人質としてマスコミに登場することを余儀なくされたのだが、イマクの配慮から詮索は無しで、顔を見せるだけで済んだ。
*
翌朝、予定通りミネルバは出港することになった。
「本当にこんなものでいいの?」
見送りに来たイマクが、アルフィンに一抱えほどの箱を手渡す。何かお詫びをしなければ気がすまないというイマクにアルフィンが耳打ちしたもの──それが、中に入っている。
「何だ?」
ジョウが不思議そうに眺めるのを、アルフィンは笑って。
「あとのお楽しみ」
ミネルバの中へ姿を消した。
箱を置いて再び出てきたアルフィンの手をとって、イマクはその手の甲に口づける。
「くれぐれも気をつけて」
レディへの正式な挨拶にクラッシャーの男三人はむずがゆい顔をしたが、アルフィンは優雅に受け答えた。
「ええ、ありがとう。あなたもお体に気をつけて」
けれどそこにあったアルフィンのくったくのない笑顔は、王女のものではない、まぎれもないクラッシャーの奔放な笑顔だった。
ミネルバの発進を見送りながら、イマクは、赤いクラッシュジャケットに身をつつんだアルフィンの姿を思い浮かべた。
アルフィン、言い忘れたけれど、まだ勘違いしている奴はたくさんいるんだよ……。
イマクは何人も、アルフィンがクラッシャーに無理強いさせられていると思っている男を知っていた。
とらわれの姫を助け出す騎士になろうと考えてる奴等も多い。でも、僕はその誤解はといてあげないよ。
僕らからアルフィンをさらっていったクラッシャーに、そのぐらいの誤解をとく苦労は、あっていい筈だもの。
イマクは、少しいじわるな気分で、空に消える銀影を目で追った。
*
「やれやれ、ようやく落ち着いた」
ミネルバを自動操縦に切り替えて、一同はリビングルームに集合している。
アルフィンはイマクからもらった箱をもって、いそいそとキッチンへ消え、鼻唄交じりに何かごそごそとやっている。
「それにしても、うまく立ち回ったよな、イマクは」
昨夜の報道を思い返して、リッキーがうなる。
ジョウも腕を組んでうなずいた。
「まあな。身内の恥には一切ふれずに、全部救国同盟のしわざってことで片付けちまったんだ。これから政治をやっていく上で邪魔になるものを、今回の騒ぎできれいに取り去っちまった。叔父貴にも一発ガツンとくらわして」
「ガツンとくらわしたのは、俺らたちだけど」
リッキーはおかしそうに笑う。
サラム邸のことは謎の爆発として報道されていた。
「それにしても、あのしきりぶりにも驚いたよ。最初はただのお坊ちゃんだと思ってたけど、なんだかすでに実力者って感じ」
「それでちょいと思い出したんだが」
何か考え事をしていたタロスが、ふいに口を開いた。
「この前バードの奴に連絡を取った時に、ちらっと話に出たんですがね。なんでもうわさでガガールにゃあ、裏で仕切ってる奴が別にいるらしいんで。それがとんでもなく若い奴だってんで、そんときゃあヨタ話で流しちまったんだが……」
救国同盟のねじろを、サラムの悪行を、すでに捜し当てていた事実。警察機構をチェスのこまのように動かせる立場。データを自在に操り検問をも言葉ひとつで抜けさせるその力。そもそも就任前から大統領官邸に入り、密につながっていたことも、すべて、タロスの話に、イマクはぴたりとあてはまる。
あてはまるのだが。
三人は押し黙った。
狙われているとわかっていて単独で抜け出してきたり、嫌がる姫君をクラッシャーに強要していると思い込んでいたり、アルフィンのため、と動いていたイマクからは判断力も想像力もきれいに欠落していたではないか。
「ねえ、もし本当にそうだとしたらさ……」
リッキーがうつろな笑いを浮かべてつぶやいた。
「ああ。なんとかは盲目、とはよく言ったもんだ……」
恋心ってものは、なんと、人をおかしくしてしまうものだろう。
そこへアルフィンが、上機嫌でワゴンを押してやって来た。三人は今回の騒動の発端であるアルフィンをまじまじと眺め、ため息をついた。
タロスが、つぶやくように言った。
「ジョウ……気をつけてくだせえよ。俺らの命がかかってる」
「余計な心配だが、肝に銘じておくよ……」
「なあに?何の話?」
「なんでもないよ、アルフィン。……わ、それ、アルフィンが作ったの?」
リッキーが歓声をあげた。
アルフィンが押してきたワゴンの上に、見事なデコレーションケーキが乗っていた。
「それって……」
「元王室御用達の小麦粉、元王室御用達の卵、バター、生クリーム、砂糖、苺、桜桃、エトセトラ。イマクに用意してもらったの」
アルフィンは、ケーキをたっぷりと切りわけながら続ける。
「せっかくガガールに来たんだからと思って、昨日ね、宙港センターで材料を買い揃えてたんだけど、騒ぎで駄目にしちゃったのよね。でも得しちゃった。宇宙で一、二を争うガガールの品質の、その中でも最上のものばかり手に入ったんだもの。腕をふるうかいがあるってものよ」
アルフィンは、コーヒーをカップにそそぐ。
「あ、ちゃんと甘さひかえめだから大丈夫よ。それにブランデーも入って、ちゃんと大人の味よ」
「ブランデー!?」
三人は声をそろえてそう言った。
アルフィンは小首をかしげる。
「そう。ちょっと多く入っちゃったんだけど、これも元王室御用達だし、いいものよ」
タロスとリッキーは、ケーキの乗った皿とコーヒーカップを手に、そそくさと立ち上がった。
「ジョウ」
「兄貴」
二人はジョウを哀れみの目で見ると、一緒に言った。
「あとはまかせた」
「あ、ねえ」
慌てて自室へ引き上げる二人を、アルフィンが呼び止めると、タロスがこちらを振り向いた。
「一人でじっくり味わいてえんだ。感想は後でな、アルフィン」
あっという間にリビングルームから出ていってしまった。
「なんなのかしら。ね、ジョウ」
「あ、あはは」
ジョウはひきつった笑顔でアルフィンに応える。
一人取り残されたジョウは、逃げ出すわけにもいかなかった。
ジョウはふと考えた。
アルフィンが少量のアルコールでも簡単に酔ってしまい、その上手のつけられない酒乱だということを、イマクは知っていたのだろうか……いや、知らないだろうな。そうだよな……。
ああ、イマクに見せてやりたい。これからアルフィンがどうなるのか。
ジョウは、アルフィンがケーキを口に運ぶのを途方にくれて見ていた……。
−fin−